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2009年9月 7日 (月)

このDVDを見ました~「ダウト ~あるカトリック学校で~」

ダウト ~あるカトリック学校で~」(Doubt)を見ました。



メリル・ストリープ
の演じる、カトリック学校の謹厳な校長尼僧が見たくて、ちょっと重そうなストーリーだなと不安に思いつつ(^^ゞ、DVDをレンタルしてきました。

1964年のニューヨーク、ブロンクスにあるカトリック学校での出来事を描いたこの作品は、元はブロードウェイで人気を博したお芝居だったそうです。
舞台での登場人物は、校長、神父、新米尼僧、黒人少年の母親の4人なのだそうで、セリフのやり取りから、Doubt(疑惑)を浮かび上がらせていたのだと思います。

映画版は現場であるカトリック学校と教会の映像が出て来ますし、4人のキャラクター以外にも、問題となる少年を含む生徒たち、先生や学校の職員たちも登場します。
枯葉の舞い散る街路、雪の積もった中庭、薄暗い校内などのシーンがとても美しく撮れていて、そこに渦巻く人間のドロドロした感情と好対照を成していました。


~以下、ネタバレありです。~

謎を解く推理もののつもりでストーリーを追っていくと、ラストで、あとちょっとで登り切るところで梯子をはずされたようなあっけなさを味わいます(^_^;)。
”疑惑”の真相は明らかにされずに終わってしまうのです・・・。

神父は少年Doubt1と不適切な関係を持ったのかどうか、校長の糾弾は正しかったのか、神父には後ろ暗いところは全くなかったのか・・・白黒着かないままです。

もやもやした気分で、ストーリーを見直すと、疑惑そのものを描こうとしたんだなーと考えるようになりました。
何が真実か、ではなくて、その人が何を信じ、どう考え、どう行動するか・・・。

父親から虐待され、まわりの子供にも馴染めなかった少年には、神父(フィリップ・シーモア・ホフマン)とのつながりが心のよりどころだったのは間違いありません。
神父の少年への気持ちが純粋に聖職者としてのものだったとしても、今までの経歴に何か人に知られたくない事があったのがうかがわれます。
神父を糾弾する校長も、自分より人気のある神父への嫉妬が全く無かったとは言えないでしょう。新米尼僧(エイミー・アダムス)が、神父の説明を信じたのも、問題をさっさと片付けたいという気持ちからかもしれません。

どの人物の行動も、100%間違っているのでもなければ、100%正しいのでもない、どちら側からどう見るかによって変わってくるのが疑惑の疑惑たるゆえんなのでしょう。

少年の母親役、ヴィオラ・デイヴィス、出番は少ないのですが、強烈な印象でした。
校長から疑惑を打ち明けられ、あと半年で卒業だからそれまで構わないでくれ、と涙ながらに頼みます。
すごい事なかれ主義だと驚きかけましたが、公民権運動の余波が残っている時代に、黒人でゲイかもしれない息子の将来を思ったら、親はカトリック学校に入れる学費を稼ぐ以外に何をしてあげられるのか・・・、あの時代はそうだったんだなあと歴史を納得させる母の姿でした。

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